クライミングの最中に「え?これって、危ないんじゃない?」と思うようなロープワークや道具の使い方を見かけた事、ありませんか?
正しく道具を使用するということは安全にクライミングを楽しむため、自分だけでなく、同行のメンバーや周囲のクライマーへの安全にもかかわります。
今回、私は最近のクライミング中に実際に起こったモヤモヤとした出来事について、納得いくまで自分なりに調べてみました。
この記事を読んで「なんだ、そんなことか」と、思うのか、「え?そうなの?」とハッと、するか…さて、どうでしょうか。
ガイドさんやインストラクターの方にとっては、基本中の基本で当たり前の事なのですが、調べた結果、意外にも一般向けの書籍には、わかりやすく明記はされていなかったため(私の調べ不足、勉強不足でしたらすみません)記事にまとめてみました。
初心者の方もベテランの方も、安全にクライミングをたのしむため復習と思い読んでいただけたら幸いです。
ダブルロープ(ハーフロープ)のビレイの仕方
それはこの夏、御在所岳の前尾根へクライミングに行ったときの出来事です。
東海、関西圏からクライミングのメッカとして人気の高い御在所岳の藤内壁。
この日も、大変な込み具合でした。
取り付きから先着のグループが3~4組いて、しかも前尾根に来たのがはじめてというグループもいます。
なんだか悪い予感がした私と同行者。
素直に先着者からの順番待ちをしていたら、かなりの待ち時間がありそうです。
私たちにとっては、来ようと思えばいつでも来られる御在所岳。
前尾根の登攀も何度もしているため、どうしても全ピッチを登りたいというわけでもなかったため、取り付きから2ピッチは横から歩いて巻き、取り付いているグループ(かなり時間がかかっている)を抜かさせてもらい先に進むこととしました。
私とパートナーは、リードを交互に行い順調に前尾根のシンボル的な面白味のあるピッチ、櫓(やぐら)まで来ました。
そこで、パートナーがリードをし私がリード者のビレイをしている時の事です。
後続のグループがすぐ近くで順番を待っていたのですが、一人のリーダー格っぽい人が
男性
次のビレイは二人で1本ずつしようか
と言い出しました。
一瞬、びっくりしていましたが、そのグループの他メンバーは否定する様子がありません。
この後続のグループ、実は、途中で私たちが中盤あたりで抜かさせていただいたグループです。
(櫓の前で私たちが大休憩をしている間に追いついてきました)
どうも、前尾根がはじめてなのか各ピッチごとの正しいラインを理解していないような雰囲気でした。
それはピッチを切る場所であったり、ルートの途中から違うラインへ進んでいたり…。
私自身はまだまだ駆け出しのクライマーですが、そんな私にでもわかるほど明らかに前尾根の登攀がはじめてなのかな?と、いった印象を持っていました。
そこで、つい
と、声をかけました。
すると、場の雰囲気がいっきに冷めシーンとしてしまいました。
しまった~っと、私自身も余計なおせっかいをしてしまったかなと反省しましたが、後続のグループがリードのビレイをするときに一人が2本をビレイしていたので少し安心しました。
ここだけの話…
実はその後続のグループのリード者は櫓をリードしてくる際、カムでのプロテクションを1本もとっていませんでした。櫓のメインルートの岩に設置されているハンガーボルトは1か所しかなく、他は自分でカムを設置しプロテクションをとらないといけませんが、それについて「このルートを作った人は、アンカー一か所で登れって意味で作ったのかなあ」などと話しをしていました。どうやらカムを使用し自身でプロテクションをとるといった基本的な事を知らないようでした。いったいどうやってここまで登ってきたのか?考えると、少しゾッとしてしまいました。ある意味、すごいような…
どうも後味悪くモヤモヤが残ってしまったこの出来事。
この時、もっと根拠までうまく説明して説得力のある話方ができていればな…と自分の中でも心に残ってしまいました。
ダブルロープでリード者のビレイをするときは、一人のビレイ者が2本同時に使用する。
これ、基本中の基本だと思っていたのですが、では何故、二人が各1本ずつビレイをしてはいけないのか?
う~ん、多分、クライマーが滑落した場合にうまく制動ができないんじゃないかな?
これって、どこか教本的なものに文献としてきちんと根拠が書かれていないかしら???
ダブルロープ(ハーフロープ)でリード者のビレイを一人が2本同時に行う根拠を探して
人に説明できるように、自分できちんと根拠を理解したい。
そんな思いで私のクライミングのお勉強(そんな、おおげさではないかもしれません)が始まりました。
とりあえず自宅に持っている、クライミングの本を読み漁りました。
でも、確保理論とかインパクトフォースとか墜落とか衝撃とか…。
正直言って、難しい言葉がたくさんあり、一度読んだだけでは全然頭に入ってきません。
だーかーらー、もっと簡単に、
ハーフロープのリード者のビレイは一人が2本同時にやりましょう
と、ついつい弱腰になってしまいましたが…。
とにかく諦めずに調べてみることに。
よく行くリードクライミングのジムの店長さん(クライミングインストラクターであり、私にとっては先生と思っている)にたずねても、やはり、ハーフロープのリード者のビレイは一人が2本同時に行うのが基本であるとの返答。
でも、基本的なことすぎてあまりはっきりと書かれていないのかな?
ロープを購入した時についてくる使用説明書には、メーカーによるが多分書かれているであろうとのこと。
自分の持っていたダブルロープ(本当はダブルロープはハーフロープの商品名なんです。)の古い取り扱い説明書を見つけたので読んで見ました。
上記写真はマムートのジェネシス ドライ 8.5㎜の取り扱い説明書です。
ロープタイプは1/2 ダブルロープ
使用上の注意より一部抜粋
4 特に険しい岩場では、二重ロープで使用してください。
5 制動確保を行ってください。
うーん、おしい。
これではツインロープの使用方法と間違い兼ねないような記載ともいえます。
もっと、他にないのかな。
こちらは2007年初版の山と渓谷社から出版されたアルパインクライング
右の写真にあるように、商品のタグや取り扱い説明書から情報を学ぶよう促している。
第2章の基本技術の中で、リード&フォローの確保ということで基本のフォームが写真で紹介されている。
写真から、多分ハーフロープであろうロープの2本をビレイヤーが一人で同時に2本を扱っている。
でも、これだけでは言葉で明記されていない。
上記写真のように、ダブルロープやツインロープの説明ではビレイについて触れられていない。
ロープの使い分け方
- シングルロープ:ロープ1本での確保。バックアップがなく、複雑なラインではロープが重たくなる。
- ダブルロープ:ロープを左右に分け、互いに異なるラインをとらせる。屈曲したルートに有効。
- ツインロープ:2本を一つのカラビナに同時にかけていく。アイスクライミングなど直線的なルートで使う
参考引用:山と渓谷社 保科雅則 著 アルパインクライミング
う~ん、これはやっぱり「確保理論」をしっかり読み込まないとだめだな。
国立登山研究所の確保理論テキストがわかりやすい
率直に言いますと、自分の持っている書籍の難しい計算式を見ているよりも、国立登山研究所の確保理論のテキストがわかりやすかったです。
誰でもネットで簡単に閲覧することができるのでオススメです。
そのテキストのうち
1 登攀用具の知識と理解 ロープのタイプと特長
でわかりやすい表がありました。
●UIAAスタンダードフォールテストの主な検査項目と基準値
シングル | ハーフ | ツイン | |
錘 | 80㎏ | 55㎏ | 80㎏ |
落下係数 | 1.79 | 1.79 | 1.79 |
ストランド | 1 | 1 | 2 |
インパクトフォース | 12kN以下 | 8kN以下 | 12kN以下 |
墜落回数 | 5回以上 | 5回以上 | 12回以上 |
伸び率(静荷重) | 10%以下 | 12%以下 | 12%以下 |
伸び率(初回墜落時) | 40%以下 | 40%以下 | 40%以下 |
インパクトフォースが6kNを超えると骨折などのケガを負う可能性が高くなる。さらに12kNを超えると生命を落とす危険がある
インパクトフォース(衝撃力)の小さいロープは墜落者とアンカーや確保者への負担を軽減してくれます。耐墜落回数の多いロープは耐久性に優れています。伸び率が大きすぎないロープは墜落時に確実な確保を行いやすいと言えます。
これらロープはそれぞれのタイプによって使い方が異なるため、クライミングの環境によって使い分けます。
引用:確保理論テキスト 国立登山研究所 より
上記のタイプ別使用例として図解されている通り、
ハーフロープの使用方法はリード者に対して、ビレイヤー一人が2本同時に使用する。
また、セカンドのビレイについては1本に対し1一人のクライマーが使用し同時のビレイが可能。
と、理解できる。
確保理論から考えてみた
アルパイン教本の確保理論の章から
ビレイの目的
クリアランスの維持とインパクトフォースの緩和がビレイの目的だ。
前者は墜落者を地面や側壁に衝突させずに空中で停止させること、後者はロープなどによって墜落の衝撃を減らすことだ。インパクトフォースが大きいと墜落者が内蔵などを損傷する。プロテクションが外れる。カラビナが壊れるなどの事態が起こりうる。
ハーフロープを各1本ずつ2人のビレイヤーがした場合、ビレイの目的を果たすことができるのか?
私の理解
墜落係数(F)とは墜落距離を繰り出されたロープの長さで割った数値で、最大値は2になる
F=墜落距離÷ロープの長さ
①墜落係数2の墜落とは、途中にプロテクションがない場合。登った距離が何mであっても(F=2)
②2.5mの高さにプロテクションをセットし5m登り墜落した場合(F=1)
③2.5mごとにプロテクションを三つセットし、合計10m登り墜落した場合(F=0.5)
つまりプロテクションの数により墜落係数は劇的に変化する。
プロテクションの数が多いほどビレイヤーが受ける衝撃が少ない。
そこで例えば…
単純に考えても、ダブルロープのそれぞれのプロテクションが同じ数とは限らず、一方は1つ、もう一方は3つの場合だって考えられるわけだ。
この時、ロープの屈曲や岩との摩擦など様々な要因により、もし、少ないプロテクション数のロープ側のプロテクション(例えばカム)が衝撃荷重が大きく外れてしまったら?クライマーの確保は残された一方のロープのみて確保しなければならない。
その1本の細いロープ(ハーフロープ)で上手くインパクトフォース(衝撃力)を緩和できるだろうか?
確保理論テキストのUIAAのフォールテストの基準値を参考に、もし、ハーフロープで体重55㎏のリード者が、落下係数1.79で落ちた場合、片方の1本のロープのみで確保したとしたら、死まではいたらないかもしれないが、骨折やそれ以上の重大な損傷を負う可能性がある。
と、理解できますよね
イメージしてみよう。
単純に太いロープと細いロープでは太いロープの方が持ちやすくつかみやすい。
細いロープに突然かかった衝撃(インパクトフォース)をビレイヤーがうまくビレイデバイスとの摩擦をロープを握る力で調整できるだろうか?
ロープ2本を同時に握りしめた方が、ロープをつかみやすく、また2本のロープ同士の摩擦も加わり制動が効きやすいのではないだろうか?
メモ
ハーフロープをツインロープのように一つのカラビナに2本同時にかけてはならない。それはロープのインパクトフォースが強すぎて、プロテクションに対するダメージが想定されるからだ
ダブルロープ(ハーフロープ)は一人が2本同時に使用しビレイする
できたらあまり難しい計算式や計算はしたくない私。
というか難しくて理解する前に、理解しようということを最初からあきらめがちなんですよね。
あのモヤモヤっとした気持ちをなんとかしたくて、自分でもわかりやすいものを探し、国立登山研究所の確保理論テキストや市販のテキストを参考に自分なりに理解してみました。
そもそも、ダブルロープ(ハーフロープ)の使い方を理解しておらず、ロープの操作性だけで、1人1本ずつでビレイをしてみよう!と、単純に考えるのはクライミングにおいて、どのような理屈で墜落を停止させるシステムになっているのか、というのを理解していない証拠ですよね。
クライミングでの事故はまさしく死に直結していると言えます。
幸いにも命だけは助かっても、複数個所の骨折など、日常生活に後遺症を残しかねないケガをする恐れがとても高く、怖いスポーツだなと感じます。
それを安全に行うためにできたシステムであり正しく理解して、また実践していきたいと思います。