2022年5月末。
所属している山岳会アルパイン部の山行で
「試練と憧れ」
「岩と雪の殿堂」
剱岳 早月尾根ルートから登頂してきました。
残雪期の剱岳を安全に登るために、今回の山行記録とともに剱岳登山、雪山登山の注意ポイントなど踏まえながら記録しました。
残雪期の剱岳登山は上級雪山ルートです。SNSの投稿記事などから「これなら私でも行けちゃう?」なんて安易に考えはしないで、ぜひ慎重に計画を練り、雪山登山の経験を積んでから、経験者とともにまずはグループでチャレンジしてみてくださいね。いきなり日帰りソロでとか考えないでください
剱岳 早月尾根とは
剱岳 早月尾根とは
- 剱岳にある一般登山道2本(別山尾根と早月尾根)のうちの一つ
- 北アルプス三大急登の一つ
- 馬場島(ばんばじま)登山口から頂上まで、標高差2200メートル
- 登山口にある「試練と憧れ」の石碑が有名
- (馬場島から剱岳を往復)総距離:14.5㎞
- 累積標高差:登り2529m 下り2529m
残雪期の剱岳(早月尾根)難易度は?ポイント4つ
なぜ私が今回ご紹介する剱岳登山(早月尾根ルート)のことを上級雪山ルートと呼んでいるのかをご説明します。
①コンディションの影響
天気や風の強さ、気温、湿度、雪質などの状態によって雪山の難易度は大きく変わります。気象の影響を受けやすく、コンディションの厳しい山は難易度が高い
剱岳は
- 日本海側の天候の影響を受けやすい。
- その時々により雪の硬さがかなり異なり、コンディションの振れ幅が大きい
- 一日の行程の中で標高や地形によりコンディションが大きく違い、その都度、適切な判断が求められる
②岩場や急斜面の規模
切り立った岩場や少しのミスが滑落に直結するような急斜面があるルートは技術の練度が求められ、難易度が高い。
剱岳は
- アイゼン・ピッケルを長時間使用する
- 多数の危険個所(ロープ確保が必要など)がある
- 雪山登攀技術を駆使して登下降する
③入山者数
入山者が多いと、多くの人が歩くことによりトレースができラッセルの必要がなくなりステップがつき歩きやすくなる。またルートファインディングの必要もなくなり登りやすくなる。
しかし入山者が少ないと反対に自分自身で切り開いていかなければならず、難易度が増す。
剱岳は
- 本格雪山であり入山者は少ない
- 特に12/1~翌年5/15までは富山県登山届出条例に基づき、事前(20日前まで)の届け出が必要 ※詳しくは富山県警HPを参照
④情報量
情報の有無で登りやすさは大きく変わる。直近の山行記録や写真が多く掲載されている山は、事前の状況把握がしやすく予測がたてやすい。リスクへの準備ができ、装備の不備も減る。あらかじめ状況がわかっていれば現場での判断もしやすい。
剱岳は
- 上記の点から、入山者も少なく情報が少ないため難易度が増す
おおまかに分けてこれら4つのポイントから剱岳の雪山登山は厳冬期に比べ、日差しがあたたかく雪のコンディションも非常によくなり困難性は半分とも言われている残雪期であっても、十分に上級雪山であると考えられます。
参考書籍
グレードと技術度・体力度の目安
技術 | 体力 | |
1 | アイゼン・ピッケルを使用しない | 日帰りで5時間以内。ラッセルなし |
2 | 短い区間でアイゼンを使用する | 最長の日が5時間以上8時間以内。またはラッセル主体で5時間以内 |
3 | アイゼン・ピッケルを長時間使用する | 最長の日が8時間以上10時間以内。またラッセル主体で5~8時間 |
4 | 2~3か所程度の危険個所があり、初・中級者はロープの確保が必要 | 最長の日が10時間超。またはラッセル主体で8~10時間 |
5 | 多数の危険個所があり、雪上確保の技術を駆使して登攀する | 4と同じ条件に加え、日程が2泊3日以上のロングルート |
上記表にておおむね初級は1~2、中級は2~4、上級は4~5に分類される
参考引用文献:山と渓谷2018年12月号
上級雪山を登る前に
上級レベルの雪山を登るための中心となる技術のポイントは大きくわけてこの二つ
- ピッケル・アイゼン技術
- ロープワーク
雪山登山の技術は道具をうまく使えるか、状況により使い分けができているのかが大切になります。
トレッキングポールを使うのか、ピッケルを使うのか場面や雪質によります。
ピッケルの使い方も状況に応じて様々です。
アイゼンの脱着の速さや正確性もシビアな環境ではスピーディーな行動が求められます。
雪山での歩行技術も、雪質によりかなりかわってくるため実践で歩きなれていないと、いざ上級の雪山に行った時にその場で練習するわけにもいきません。
雪山のステップアップ例
雪山技術は専門性が高いため、独学だけで正しい技術を身に着けるのは難しいです。
まずは登山団体や専門店などが実施している講習会を受講してみては?
学んだことをベースに独学でのトレーニングを積んだり、山岳会への入会し教わったり、山岳ガイドの技術講習で学ぶのも技術上達の近道です。
step
1
初級の雪山ルートで本格雪山の基礎を学び習得する
初級雪山のルート例
- 八ヶ岳 天狗岳
- 北陸 荒島岳
- 関西 武奈ヶ岳
step
2
初級雪山ルートで経験を積んだら、様々なスキルを駆使して登る中級ルートに挑戦しよう。
地形、気象、積雪など条件の異なる山々に登り経験を積み重ねよう。
中級雪山の例
中央アルプス 木曽駒ケ岳
北アルプス 燕岳
山陰 伯耆大山
step
3
滑落、雪崩、道迷いのリスク、重い装備、長時間行動、厳しい気象条件
積み上げてきた体力と技術、判断力のすべてが試される上級雪山に、いざチャレンジ!
上級雪山の例
- 八ヶ岳 赤岳~横岳~硫黄岳
- 北アルプス 五竜岳 西穂高岳 槍ヶ岳
- 南アルプス 甲斐駒ヶ岳
参考書籍
ロープワークに慣れておく
え?まだ、やること、覚えることがあるの?
と、言われてしまいそうですが…
上級の雪山登山では、ロープで確保して登下降する場面もあります。
ロープで確保されているという安心感があるからこそ、腰がひけずしっかりとした動作が行えることもあります。
いざという時に、懸垂下降もすぐにできますか?
安全を確保するためにロープを使用する技術は大変重要です
山行記録
概要
日程:2022年5月末 2泊3日
ルート:剱岳 早月尾根ルート
1日目 | 馬場島→早月小屋(テント泊) |
2日目 | 早月小屋→獅子頭→剱岳→早月小屋(テント泊) |
3日目 | 早月小屋→馬場島 |
メンバー:所属山岳会アルパイン部の8名
参考
夏季の上記行程での参考タイムは1日目:計約5時間 2日目:計約6時間 3日目:計約3時間
早月尾根は夏季であっても7月中旬まで上部岩稜帯の鎖が雪でうまっていることがある。
1日目
馬場島→早月小屋(テント泊)
初日は主に樹林帯の急な尾根を登ります。標高2200m付近にある早月小屋を目指します。
計画通り、メンバー全員で馬場島を出発!
今回のメンバー8名のうち、リーダーさん、私を含めた5人が1年前の残雪期、剱岳源次郎尾根(天候悪化により平蔵谷ルートに変更し登頂)をご一緒した仲間です。他、メンバーともそれぞれに他のアルパイン山行やクライミング山行をご一緒しており、お互いのだいたいの力量を理解しあえていると言えます。
私自身は上記写真のザックの状態で約13キロ。
ここに水3リットル・トレッキングポール・アックス1本と食料等をプラスして総重量15~16㎏程度の荷物を背負っています。
メンバーの皆さんもそれぞれ同等、個人により酒類、水や予備の防寒着等の工夫に多少の差はありますが、とにかく重いということだけは確かです。
登山口に入りすぐに急登なので、登山口から1㎞地点にはじめに道標がありますが、そこに着くころにはすでに汗だくです。
まずは松尾平の辺りで最初の休憩。
私自身は2年前、夏にこの早月尾根を日帰りピストンで登攀しています。
ですからルート上で現在地がだいたいどのあたりにあたるのか、おおよその把握をしながら歩けています。
初見で歩くルートは、荷物が重い時には目的地はまだか?まだか?と、道程が果てしなく長く感じてしまうものですが、一度でも歩いていると少しは自分の中での検討が付くのでメンタル的には不安感がかなり減ります。
松尾平の辺り(標高1000m付近)からは何本もの立山杉の巨樹に出会います。
ゆっくり巨樹の写真撮影でもしたいところですが、先を急ぎますので観察もそこそこに進みます。
今回の早月尾根は一歩一歩の段差が大きく、急登で荷物も大きく重いため、バランスをくずして転倒しないよう気を使います。
ここはうまくトレッキングポールを活用しながら登りました。
そんな苦しい登りの中にも樹林帯では足元に咲く春の花に癒されます。
この三日間で早月尾根で最盛期だったのはイワウチワでした
まだまだ標高は1600m付近。
休憩時に立ち止まると背中にかいた汗がひんやりと感じ始めてきました。
1日目はとにかく体力勝負!こまめな水分補給、行動食をとりながら先に進みます。
ルート脇に咲くエンレイソウの花も、花の大きさが徐々に小さくなってきました。
三角点を少し過ぎたあたり。
馬場島から約4キロ登ってきたところ。
皆の疲労もピークに達してきました。
写真にはありませんが、小さくても急な雪渓を乗越したり、踏み抜き注意な雪渓や、急な雪壁をトラバースする箇所が出てきます。
荷物が軽ければバランスもとりやすく、アイゼンを装着しなくても行けそうな雪渓のトラバースも、荷物が重いためバランスがとりにくく危険なため、アイゼンを装着しました。
計画のほぼ予定通りに早月小屋へ到着。
先着者はソロの若い男性が1張、黄色のテントを少し上部に張っていました。
私達パーティは3張テントを設営。
昨年の剣沢キャンプ場にテントを張った時とは大違いで、今回は風の影響もなくかなり快適です。
テント場に到着してからの簡単な流れ
- まずはどこにテントを張るのか場所選び(危険のない場所、風の影響を受けにくい場所など)
- テントサイトの整地(風よけの壁を作ったり、平に足で踏み固め整地していく)
- テントの設営
- トイレの作成
- 水づくり用の雪集め
- 水づくり&夕食
- 明日の準備(起床してから出発するまでの流れを想定して荷物を整理しておくと流れがスムーズ)
- 就寝(アタックに備えてしっかり寝る!!)
今回は時間的にかなり余裕をもった計画です。
テントを張り荷物を中に入れたら後はマイペースに…。
焦らず落ち着いてゆっくりと就寝までの時間を過ごすことができました。
明日の本番もお天気がよさそうです。
注意ポイント
睡眠不足は疲労や判断力の低下を招き遭難につながりかねないので、十分な睡眠を!
水分がしっかり蓄えられていると、凍傷や低体温症の予防になります。
飲酒は睡眠を浅くしたり、脱水作用があるので控えめに。
2日目
早月小屋→剱岳山頂→早月小屋(テント泊)
アタック当日。約2200m付近にあるテント場から必要最低限の荷物、登攀道具のみを背負い登頂。
テント場まで戻りもう1泊します
メモ
早月小屋のテント場では(ドコモ)電波もしっかり入り、スマホで天気予報の確認ができました。
この日の天気は全く崩れる心配のない絶好の一日♡
文句の言いようのない快晴の朝。
装備を装着し、いざ出発です。
皆、特に体調の悪い人もいない様子。準備万端。
まずはリーダーから、誰と誰がペアになるのか、歩く順番などの指示がありました。
あちらから見た剱岳もきっと絶景だろうなあ、などと考えながら歩いてました。
池ノ谷(いけのたん)側、北方稜線北部の山並みが、いかにも剱岳らしいシルエット。
背景がかっこよすぎますね!
参考
雪山での行動、特に複数のメンバーで登る時は互いの力を合わせて自分たちの安全を自分たちで守る意識をもたなければなりません。各自が自分のペースで勝手に登りパーティがバラバラになったり、バテているメンバーを置いていくのは遭難に直結する危険な行為です。
私たち山岳会での山行においても、リーダーが休憩ポイントや休憩時間なども判断し指示を出すのでそれに従い行動しています。
メンバーの同一行動が基本になります。
急斜面ではしっかりとアイゼンの前爪を効かせるフロントポインティングで蹴りこむように。
ピッケルはピックを雪面に刺すダガーポジションで登っている。
ダガーポジションの時はピッケルはブレードを握ると操作しやすいです
この頃には下山の人ともすれ違うようになってきた。
日帰りピストンをする猛者と何人かすれ違いました。
気分が高揚していたせいか?ここからは山頂まではあっというまに感じました
全員で剱岳に登頂できました!
それぞれが記念撮影をしたり、くつろいだり
他のパーティーもいたりして、おしゃべりしながら山頂で大休憩しました
山頂からは360度の大絶景です。
風も弱く、のんびりくつろげるほどの良い天気です。
別山方面からきたガイド山行のパーティやソロのお兄さんも下山開始。
山頂はやがて貸し切りに
まずは夏山で八ツ峰、北方稜線へいつか挑戦してみたい。
ちょうど1年前も平蔵谷から登頂しましたが、その時はガスで真っ白。
髪の毛も真っ白に凍るほどの寒さでした。
天候により同じ5月末でもこれほどまでに違います。
名残惜しいですがそろそろ下山します
さて、下山こそ集中して歩きましょう
別山尾根と早月尾根との分岐が間違いやすいので、山頂からすぐ早月尾根への方角を間違わないよう注意して歩きましょう
見える景色は360度絶景ですが、足元に注意しながら歩きます
下山時、さらに気温があがり雪がクサリ気味で滑りやすい
今回、下山では2か所でロープを使用しました。
ソロのピストンの方たちは雪渓の端のハイマツなどを利用しながら下山した箇所もあったと思います。
私たちはロープを準備しているので、安全のためロープを使用。
人数も多いし、ロープ使用で時間もかかりますが安全のため確実な方法で進みます。
メインロープにクレイムハイスト(フリクションヒッチのひとつで、巻きつけた部分に荷重をかけるとコードが締まり動きを止めることができる)で慎重に下降した。
滑り落ちると池ノ谷へノンストップだろう。
何度でも言いますが下りは登り以上の慎重さを要します。
夏道と雪渓とを交互に歩きながら、すでに想いは見えている富山湾の海の幸へと…
小屋にたどり着くころにはかなり雪がゆるみ、シャーベットのような状態に
2日目も無事、安全に計画通りテン場まで戻ってくることができました。
無事に登頂できたのはリーダーはじめ、皆で協力して安全に行動できたからこそ!
本当に感謝の気持ちでいっぱい!
この日は皆もホッと一息。
乾杯して登頂できたことをお祝いしました。
アーベントロート。
山肌が残雪の山々赤く染めます。
快晴、ほぼ風もない穏やかな夕暮れ。
他のメンバーはすでにテントの中にてお休みタイム。
一人、山ならではの絶景を楽しみました♡
夜空も最高ですよ
早月小屋のテント場で2泊。この2つ日間の晩ともに、最高の夜空が見られました。流れ星はもちろんのこと、天の川まで!良いカメラ、夜空を撮影する技術が私にもあればなあ、といつも思います。でも、ちゃんと目に、心には焼き付いています♡
3日目
早月小屋(テント場)→馬場島
テントを撤収し登山口まで下山します。
下山でも再びそれなりの重量の荷物。
段差がこたえます。
お花が大好きなので、下山時もお花をみつけてはパチリ!
何よりも再び毛虫地獄に突入し、キャーキャー言いながらの下山はこれもまた印象に残る山の思いでとなりました。
今回も全員で安全無事に大きな転倒などのケガもなく、登頂、下山することができました。
この石碑にたどり着いた時には、皆でハイタッチや握手の嵐。
若い時は?そんなことも気恥ずかしいような気持ちもしていた自分ですが、大人になってからでも素直にワクワクや楽しいって気持ちを心から表現できるっていいですよね。
登頂した時の喜びも素敵な時間ですが、皆で喜びを共有できるのもまた、素晴らしい経験だと感じます。
残雪期の剱岳。
こんなに良い天気の中、最高の仲間たちと雪山登山をすることができ感謝です。
下山後のお楽しみ
温泉で3日分の汗を流しサッパリした後は、みんな楽しみにていたお寿司!
富山の海の幸をいただきました♡
参考図書